焼き物佐賀の旅

この夏は、長崎から有田、伊万里、唐津と焼物の旅をしました。日本の磁器発祥の地である有田は陶郷の面影を残し、ひっそりと静かに佇む街道沿いの里でした。石蔵造りの小さな有田陶磁美術館で繊細華麗な色彩と染付のモダンな文様に目を奪われ、その歴史と作品の変遷に興味が高まりました。

秀吉の朝鮮出兵のおり鍋島藩が連れ帰った陶工が、有田近郊に白磁鉱を発見し初めて磁器の焼成に成功、有田では独特の色絵技法が開発されました。
折しも陶磁器で世界に君臨していた中国が動乱となり、オランダ東インド会社は欧州向けの磁器を有田に求めるようになり、柿右衛門様式の製品が伊万里港から世界へ大量に輸出されたことから有田焼は「伊万里焼」とよばれ、西欧ではマイセン窯に強い影響を与えました。

やがて華々しい輸出も100年ほどで衰退し国内に販路を求め北前船で大阪や北陸へ大名や豪商相手の名品として、また江戸後期には庶民の食器として大量に生産されたそうです。これらが初期伊万里及び古伊万里と呼ばれています。

武雄温泉泊し、有田から伊万里まで馬車で運んだと言う道のりを電車で30分、深い入江の伊万里港は今やまったく面影はなく寂しさを感じました。
タクシーにて鍋島藩の秘窯の里「大川内山」へ向かう、300余年続く窯元の主人の話や、現在の伊万里焼きを見て歩き楽しみました。

夕方伊万里駅からバスで唐津へ。ここでは明治の炭鉱主高取家の屋敷や唐津出身の建築家辰野金吾設計の唐津銀行を見学。辰野の英語教師が高橋是清との話も聞き、維新の唐津のダイナミズムに感動。最後に唐津焼の中里太郎右衛門の陶房を訪ね、土ものの静かなる迫力を大いに感じました。埼玉から来た修行中の若者とも出会い、現代に続く器の文化の広さと深さに少し触れた旅となりました。


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有田陶磁美術館

 

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伊万里大川内山30数軒の窯元の里

 

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今に残る大川内山の登り窯
 

 

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唐津銀行
 

 

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唐津銀行内部