苔ウオッチング

2017年02月

もう半年前になりますが、新青森からバスで2時間八甲田山麓のブナの森を抜け焼山へ、更に奥入瀬渓流を経て十和田湖へ向かいました。

奥入瀬渓流では、ルーペと霧吹きを抱え、大きな岩肌に息づく瑞々しい苔たちをルーペを通して初めてウォッチング。子供のように驚嘆歓喜しながら楽しみました。

カルデラ十和田湖を生じさせた大噴火で一帯は火砕流に焼き尽くされた死の世界から、一万五千年をかけて十和田湖を源流とした渓流の森に再生させたのが、300種あるというこの苔たちだと言われています。彼らは岩肌に霧や雨を保水し土を紡ぎその流失を防ぎ、草木を保護しその成長を支えたということです。

確かに渓流に沿う大樹は岩肌にへばり付く苔たちを礎とし、覆い掴み空へ大きく枝葉を伸ばしているさまは、まさに巨大な盆栽のようでもあります。

水音に囲まれながら、ふと昔訪れた屋久島の原生林の森に荒々しく生きる苔の群生を思いおこすと共に、京都の社寺の静寂な庭園の苔が描く「わび・さび」の世界が思わず交錯します。

庭園は禅や茶道などの影響を受けながら、狭い空間に自然界を縮景し、あるいは哲学的空間としてデザインされてきましたが、その中で苔は水と光をよく含み多様な姿形をして、唯一無比の素材であることがあらためて納得出来ました。

帰り道途中下車、平泉中尊寺と毛越寺を訪ね、しばし奥州藤原三代の平安の昔に思いを馳せ、少し心が洗われた旅になりました。

 

1702ブログ用_苔2

 

1702ブログ用_苔1

 

グランドメゾン上原コート

2016年03月

昨年1月に完成した隣接する「GM上原レジデンス」の姉妹棟として、
この夏に完成した「グランドメゾン上原コート」の竣工写真がようやく手元に届き、
ようやくご紹介することができます。

この2棟はいずれも石垣で作られた宅盤にその高低差を活かした計画です。
エントランス共用部は地下に位置します。

地下の空間に自然光取り入れ、
緊張感の中にも高質な潤いをいかに醸し出すかがポイントとなります。
光庭には樹木を配したいところですが、成育には厳しい環境なため
中津川の恵那錆石を現地にて選びだし、ごろた石を渓流に見立て、
緩い光に錆石の味のある自然の表情が浮かび上がることを狙いました。
移りゆく時間と季節に表情を変え、
住む人にいつも新鮮なものを感じ取っていただけることを願っています。

(担当者:服部創史)

 


外観東面夜景



エントランス


グランメゾン上原_07_エントランスホール
エントランスホール


グランメゾン上原_09_ラウンジ
ラウンジ


11_ラウンジ
ラウンジ

 

 

白金4丁目計画

2016年01月

当計画は、基本設計から竣工まで、3年余りを経て、昨年8月末に完成しました。
計画地の白金4丁目周辺は、江戸期は大名屋敷や武家屋敷がゆったりと連なるところでした。
隣接する、現在の聖心女子学院は水戸家徳川斉昭の十男松平十郎麿の屋敷跡地に、
東京大学医科学研究所は松平阿波守屋敷跡地にあります。

計画地は、幕末弘化期絵地図によると、長門長府藩主毛利左京亮の下屋敷でした。
その後明治末期には当時の上流階級の邸宅地として開発され、
昭和22年の航空写真には現在も残る石垣で区画された姿が写り出されています。

このような歴史の中を生きづいた石垣は、強固な石基礎の上に築かれていましたが、
大谷石の劣化風化が進んでいましたので、花崗岩の石積みに替え、その景観を受け継ぎ、
また古来、緑豊かな白金の杜を少しでも引継いで行くことを計画の主眼としました。

緩い傾斜地の宅盤に、地下2階地上4階の建物の上階住戸からは、
聖心女子学院のキャンパスと内田祥三設計のゴシック建築・医科学研究所の緑と建物群が緩やかに広がる姿を見る事ができ、
江戸、明治大正、昭和のこの地の歴史の流れに想いを巡らすことが出来ます。

(担当者:服部創史)

 

03_外観南面
外観南面

 

グランドメゾン白金11_ピロティ
エントランス廻り夜景

 

14_四季の庭
四季の庭

 

晩秋の函館 「岩船ヤス」に想う

2015年11月

昔なんども耳にしたような記憶の隅に残る言葉《キュウシメイチ》という不思議な響き、
それが故郷函館近郊にある庭園「香雪園」のことだと最近分かり、訪ねてみました。

明治の初め、呉服商で箱館屈指の豪商と称された岩船ヤスという女性と
養子峰次郎らが精魂こめて築いた別荘庭園で、大阪や埼玉から銘木を運び、
京の庭師が築園したものです。

4万3千坪の庭園の森に数寄屋風書院造の茶室、オランジュリ様式の温室等があります。
呉服商の屋号が「久〆一」、子供のころ遠足で行ったこの香雪園のことを
「キュウ・シメ・イチ」と言っていたのでした。

この度、学芸員の方から、豪商にして篤志家「岩船ヤス」の話を聞いて驚きました。

天保期、岩船ヤスは夫との離別を機に、新潟岩船郡から親弟妹と箱館に渡り、
飴やおこしを売って一家の生計を立てていました。
ヤス25歳の時、父の死に際に、骨を高野山に納めてくれと頼まれ極貧の中、
老母を連れ、遥々歩いて高野山に納骨に行きました。

そこである呉服問屋の主人と運命的な出会いをします。
信用を得て、幾つかの反物を預かり、函館で行商を始めます。

もとより頭脳明晰で勤勉で優しさと行動力を兼ね備えたヤスは、
仕入れための徒歩での関西往復は、計16回を数えたといいます。
その凄まじい行商路にも、貧者や病の人を助け続けたそうです。

ヤスの意志を受け、香雪園は後に市民に開放とされ、
子供の頃行った地にこんな歴史があったこと、
そして私の母も昔、呉服の行商をしていたこともあり、
とても印象深く感銘を受けました。

グランドメゾン上原レジデンス GRANDE MAISON UEHARA Residence

2015年02月
  • 計画場所:東京都渋谷区
  • 工 期:2013年3月~2015年1月
  • 規模構造:RC造地下1階地上3階
  • 延床面積:2,176.7㎡
  • 分譲マンション

 

渋谷区上原は近くに東大駒場キャンパスの他、日本近代文学館、前田侯爵邸洋館等がある古くからの山の手の住宅地として品格の漂うところであります。

計画地はその環境の中、昭和40年代初め、都心に数多く建てられた外国人を対象にした高級アパートメント・ホォーマットが2棟あり、その建替えが今回の計画です。

周辺は低層の高級分譲マンションが緑を蓄えながら軒を連ねているところで、

計画の2棟は互いに隣接関係でもあり、共通のコンセプト・表情をもち、石垣に樹木花草とともに静かに佇む住まいを目指しました。

今回は先行完成した1棟目。高級分譲マンションブランドで名高い「グランドメゾン」としてのデビューです。
(担当者:服部創史)

 

 

01_外観北西面
外観北西面


上原_09_エントランスホール
エントランスホール
 
 
上原_12_ラウンジ
ラウンジ